短歌誌『玉ゆら』・・・小俣文子による・・・・2009/08/30 18:00

  
  中心のある形態に馴れて目はうつくしとこそ大噴水を
                       
                   (『巌のちから』阿木津 英歌集 短歌研究社)


 2000年から2003年3月までの作者五十代始めの第五歌集『巌のちから』は、雪舟の水墨画に向かい合っている時に生まれた言葉で、2003年その三十首により第三十九回短歌研究賞を受賞と『あとがき』に知る。



  地の芯のふかきを発し盛り上がる巌のちから抑へかねつも



 雪舟の絵のもつ力は、それを観ている作者をも触発し、身の内からの抑えがたいエネルギーとなったのだろうか。



  不語似無憂(いはざればうれひなきににる)と書くそのこころをぞ含むごとくす



 以前、私も東京国立博物館の一室にこの良寛の書が掛けられ、去りがたい気持ちであったことを思う。語(かた)らざればと読んでいたが、〈いはざれば・・・〉とルビをふる作者の"われ"という強い意志にふれたおもいがする。
 静と動、きびしくみつめる目、はげしさ。



  わが深き憎悪したたり落つるべし昏れゆくそらの層断ちたれば



 肩の力をぬけば、気付かなかったことが見えてくる。
「一二三」「いろは」の書を思うこの歌にも心ひかれる。



  白銀(しろがね)の線(すぢ)震ひつつやはらかく風ふくみたり良寛の字は



                    (「歌の本棚」、『玉ゆら』2009.冬号 第23号)