堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』岩波新書、2010.1.202010/11/05 16:15

   民営化の果ての借金漬け国民
           

それにしても、本書の内容はすさまじい。本当かしらと疑いたくなるほどだが、どうやら九・一一以後のアメリカ社会は根本から変質していっているようだ。


二〇〇九年一一月、カリフォルニア州立大学で何千人という学生が建物を占拠し、「大学民営化反対」「役員ボーナスをカットしろ」「教育をマネーゲームにするな」と書いたプラカードをもって行進したという。年間三二%の学費値上げを大学側が発表したのだ。学生たちのほとんどは奨学金やローンで学資をまかなっている。収入はあがらないのに学費が高騰し、中流家庭を直撃している。


米国には手持ちの資金がなくとも高等教育を受けられる学資ローンというものがある。それが今では学生たちを借金漬けにしているらしい。なかには日本の消費者金融まがいの高利率のものがある。払いが滞ると、ローン債権は知らぬまにつぎつぎと転売され、さらに高利率の利子がつき、やくざのような脅しによる取りたてが始まる。しかも、この借金は自己破産ができない。


「中流階級にとって最も大きな夢であるマイホーム、そして誰にも開かれた教育という二つが、借金地獄という底なし沼となり、人々を飲みこむことになるとは、いったい誰が予想しただろう?」と、著者はいう。


また、国民皆保険制度のない米国では、医療費が高額なのは周知のこと。「二〇〇九年に医療費が払えず破産を申請している国民は約九〇万人、そのうち七五%が医療保険をもっている」。医療保険制度改革は急務であり、オバマ大統領はそれを公約して当選した。ところが、このたびも医療保険会社や製薬会社など医産複合体とメディアとの結託により、巧みな情報操作がされて、中途半端な骨抜き案となってしまった。


医療活動家デイビッド・ワーナーは言う。「金さえ出せば長生きできるという考え方が医療を商品化し、富める者を薬漬けに、貧しいものを借金漬けにし、いつしか人間が本来持つ生命力を奪ってしまいました」。すべてを数字で測る利益と効率至上主義は、患者と医師との繋がりや、医師のなかにあるはずの誇り、充実感さえも医療現場から奪っていった。


さらに信じられないのが、第四章「刑務所という名の巨大労働市場」である。トイレットペーパーから図書館の利用料にいたるまで有料、刑務所でも囚人たちは借金漬けだ。さらに、第三世界より安い囚人労働力の「国内アウトソーシング」によって、民営化された刑務所ビジネスは「夢の投資先」だというのである。「テロとの戦い」で加速した厳罰化によって囚人の数には困らない。三度有罪になると終身刑になるというスリーストライク法によって、終身刑になる若者が増えてもいる。


九・一一以後、昔の日本の治安維持法に似た愛国者法があっというまに成立したというが、その後の米国社会のありさまを著者は、本書の前編である『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書)および本書、そして『アメリカから〈自由〉が消える』(扶桑社)と、三部作のつもりで書いたという。他の二冊も、驚くようなことばかり。一読をお勧めしたい。


民営化民営化と自由競争があたかも良いことであるかのように言われてきた。その行きついた果てがこれだ。郵政民営化・裁判員制度などを含む年次改革要望書が米国から毎年送られてきていたというが、対米追従政策はもうゴメンだと思わないではいられない。



           (熊本日日新聞読書欄コラム「阿木津英が読む」2010.6)

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