街上遊歩(26)都鄙意識2009/06/14 11:12

 東京に移る以前、福岡、岡山、熊本の三つの県庁所在地に住んだことがある。そのどれとも、東京という都市は違っていた。

 東京が世界で一番面白い都市といわれた、バブル景気にさしかかるころに移ったせいもあろうが、目もくらむばかりの物品のきらびやかさがあった。しかし、同時に、都市全体に差別意識のようなものが薄暗く沈むように拡がっていた。

 そのころテレビでは、ビートたけしがダサイタマなどといって笑わせていたが、あのような田舎者差別や、電車の路線によって住む”人種”が違うなどという差別意識は、現実のものだった。

 こんな感じは、それまでの三つの県庁所在地では受けたことがない。地方でも、ウチの家は、といったそれ相当の自負を持つ人はあるだろうが、そういうのではなく、都市全体に沈み拡がっている意識である。だから、いつのまにか誰の心にも忍び入ってくる。

 なぜだろうか、と考えた。一つには、東京では、貧富の差が大きい。地方都市では感じられなかった富裕層の存在が、東京ではそこはかとなく実感される。

 あるいはまた、皇居があるからかもしれない。皇居を抱き込んだ都市だから、身分意識が日常的に醸成されるのかもしれない。東京は地方人の集まりだともいわれる。互いにどこの馬のホネともわからないから、成り上がり者的差別意識が発達するのか。

 どの理由も正鵠を射たというほどではないようだが、先日、ある本を読んで、これだったかと思うことがあった。

 田舎・地方・鄙は賤しく、都市は田舎に優越しているという都鄙意識は、百官の府たる平安京に移住した貴族たちの間から生まれた、というのである。

 平城京での古代貴族たちは自分の本拠地としての土地を所有しており、生産を管理していた。豪族であり、地主であった。
 その土地を捨てさせ、平安京の律令官人として俸禄を与える体制が整ったころから、田舎に土地を持ち生産に関与するのは賤しい、田舎びている、という意識が生まれたという。
 
 裏返せば、そのころ律令制による諸貴族たちの集中管理体制が整ったということになる。

 なるほど、あれは「みやこ」意識だったのだ。東京という百官の府に住んで、「貴族」ならぬものの心にも、いつのまにか都鄙意識を植え付けてしまうものは。

                                      (西日本新聞2003.10.18)

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