街上遊歩 (17)一鉢の花の歌2008/06/21 19:56

 9.11テロ攻撃のとき、世界貿易センターの二番機突入から国防総省突入までの三十四分間、他にハイジャックされた機体があるのを把握していたにもかかわらず、緊急体制解除命令が空軍に発せられていたという。またブッシュ大統領は、二機目が突入したのを知ってなお、小学校で物語の朗読を二十五分間続けたという。

 他にも数々の疑問点を列挙し、本当の謀略テロの首謀者として、ブッシュ(父)、チェイニー副大統領、国防総省、カーライル防衛産業投資会社グループを追求したブライアン・クイグというジャーナリストは、今年六月にひき逃げされて殺された。

 ブッシュ大統領はわざとテロを防がなかったという内部陰謀説は、早くからある。満州事変などの歴史を見れば、そんなこともあり得る話だろう。

 あのテロ攻撃ののち、この現実の背後には数々の政治的謀略がうごめき、世界のあちこちに特殊任務を帯びた部隊員が潜んでいるということが、あからさまになった。アフガニスタン攻撃の頃の報道機関はしばしば、スパイ映画もどきに、特殊部隊の装備や任務を特集した。

 わたしだって、あの事件直後、裏を読みとり、裏の裏を読みとるという政治的謀略の世界が新聞・テレビに繰り広げられるのに、血沸き肉踊る思いがしたものである。

 すっかり没入して、一週間くらいも過ぎたころだっただろうか。ふと、自分の頭の中が、嵐の吹きすさぶまにまに引きずり回されているのに気がついた。いけない、このようにして“連れて行かれる”のだな、という反省が浮かび上がるとともに、かすかな疲労感が生じ、そして彼方に何かの草花が、この世界の大事件にしっかりと釣り合う輝きを帯びて咲いているのが見えた。虚子が花鳥風月といったのはこれか、と思った。

 戦争も革命も、スパイ映画もどきの政治的謀略も、人心を血沸き肉踊らしめる。世界には暗部がある。たとえ国家社会のあるべき姿を求め、権力に抵抗し、真実を見極めようというのであっても、そのような抵抗のあり方は、ついに世界の暗部に吸い込まれていくことになるのではないか。

 それより、それらいっさいと釣り合う一鉢の花の輝きの歌――。そういう抵抗のあり方こそがもっとも強靱なのだと思われた。



                                (西日本新聞2003.10.7)